外地詠の沈黙の時代
遣唐使は、最後に大使を命ぜられた菅原道真の進言によって廃止されました。
唐は間もなく滅亡し、五代、宋、明の時代を通じて、中国との交流は、交易を通ずるほか、仏法をおさめる僧たちによって僅かながら保たれていきます。
しかし和歌史上には、外国での作品は絶無といっていいでしょう。
殊に江戸時代は徳川幕府の鎖国政策によって、海外渡航は禁じられていましたから、難船によって漂着した者以外、日本人の海外経験はゼロにひとしかったのです。
・・・例外的に、当時の海外の旅の実況を物語る資料として、伊勢の国の百姓光太夫の漂流体験を、幕府の聖者医学者である桂川甫周が筆録した『北磋聞略』があります。
(その他、数種漂流譚がありますが、内容ははるかに劣るといいます)
ただ、彼の観察の鋭さと把握の正確さは、有名な円仁のそれにもおとらないようです。
いずれにせよ約1000年の間、日本の海外旅行詠は沈黙をつづけました。