フエ

市内は香江を挟んで旧市街と新市街に分かれ、中心は新市街にある。
旧市街は碁盤の目状の方形都市であり、その南側に世界遺産の王宮南門、宮殿と帝廟がある。
一部には園宅(ニャーヴオン)と呼ばれる旧貴族・皇族の住宅が残っており、首里城や京都御所のような佇まいがある。
嘉隆帝(ザロン帝)が1805年から造営させたフエ城の城郭は、フランス帰りの建築家黎文学(レー・ヴァン・ホク)が設計したもので、五稜郭と同じフランス式の星型城郭で、ヴォーバン様式と呼ばれる。
城郭内部の建築は構造的には中国建築とは無関係なベトナム特有のもので、全国から招聘された職人の流派の影響で北部・中部や會安(ホイアン)華人の様式が融合している。
後期の建築物にはこれにフランスの影響が加わる。
阮朝第4代嗣徳帝(トゥドゥク帝)は広南阮氏の正史『大南寔録正編』を編纂させたことで知られるが、建築も大々的に行い、現存する市内の王宮及び郊外の帝陵は彼によって整備された。
第二次世界大戦終戦までは宮殿の全ての建物が残っていたが、フエはベトナム戦争で激戦地となったために多くの建物が破壊されてしまった。
現在、復元に向けた調査などが行われている。